hair cut

今日しか今週休みが取れないとわかったので、午前中に会社で伝票処理して、午後からユーロで『大地の時代』(クラウベル・ローシャ)を。映画の解体、カオス、狂気とは言われているものの、ローシャは極めて冷静、かっちりとした作りの人だと思う。(終わり方の混沌はともかく)
ソリッドな歴史劇――政治・宗教劇、野外で、囲む観衆=民衆もかちっとした表情、視線を崩さない。ワイズマンやゲリンにみられるあの生々しさは皆無(個人的にはこちらを、ある解体、あるいは溶解と呼びたいのです)。ただ、その演劇自体が画面いっぱいに禍々しく、荒々しく、騒々しい。演説やインタビューの声のボリュームにも増して聞こえてくるグラスの氷の音が、もはや涼しくない。画面もときにはパツッパツッ飛ぶグルッグル回る、そこで不意に音が止まり、空撮ショット。これには完全に心をもっていかれた。静止の美が目についた今回のローシャ。演劇=人生の作家にもこのようなヴァージョンがあることにただ驚く。アントニオーニが絶賛というの、わかる。今とっても『赤い砂漠』*1が見たい。

【※今日はちょっと変わったお店の紹介をします!】

映画の帰りに出会した友達と軽食。用事があるとのことで、すぐに手をふる。何にもなくなってしまった渋谷をしばし徘徊し、あたりが暗くなってから下北沢へ。いつもの美容院に行く。2年前に店名を変えリニューアルし、独立して夫婦だけで営むことにしたお店。新しく、アンティークの家具に固め、古いタイプライターや花瓶などを飾る。前の名前の時からずっと同じ人に髪を切ってもらっている。その人は、私が以前、都内に住んでいたところが地元で、旦那さんは私と同郷。お店や風景を言われてすっと思い浮かぶ。お盆も正月も故郷に帰らない身としては、美容師さんから話してもらう金沢旅日記がいつも愉しみで、里帰りみたいなものになっている。とても話し方の上手な人で、物腰の柔らかい人。(美容院なのに自分が適当な話をし続けなくてもいい、聞き手に回れるというのは魅力的でしょ?)ただ、いつもいつも珍事件や妙な話ばかり。だいたい郷土料理が合わないのか、美容師さんはいつも、あんまり美味しくないって話を物腰丁寧に話してくれる。(かぶら寿司やおせちのべろべろ、ウゲーとは言わないけど、ウゲーでしょそれ、と伝わる。) あとは旦那さん家族の奇妙な習慣とかやりとりとか、手取りフィッシュランドに行ったけどただ疲れてヘトヘトとか、可笑しくてしょうがない。本日は旦那が復活したメローイエローを毎日買って飲んでいる、懐かしいらしい、という話から。
「私も飲みましたよ、美味しかった」「でも、あれって何の味ですか?不思議な味ですよね?」「とっても訳せない味、らしいです」 ここで旦那が遠くから「美味しいですよねー、シトラス・フレーバーだったかなー」 「そうですそうです」「へーでもあれ薄くないですか?ちょっと薄い、物足りない味ですよね?」と、またしても味が合わないらしい。爆笑。
手のあいた旦那さんに髪を流していただく。すると、すぐ隣の事務室の扉から袋ガサゴソ、バシャっと開く音、その後の煎餅をかじる音。洗髪後、鏡ごしにちらりと戻ってきた奥さんの最後のモグゴックンが見えたので、こらえきれず笑ってしまった。とにかく何で今日はこんなに豪快に元気なんだろうと思っていたら、終わった後に大切なご報告。「実は私、子供を授かったんです。」とのこと。おやまあと、単純に嬉しかった。
実はここの店名、あるフランスの映画作品と同じ名前なんだけど、奥さんはその映画のことを知らない。またマッチやお店のスタンプカードに“未来は常に懐かしく、過去はいつも新しい”と書いてあるんだけど、ご夫婦は森山大道のことを知らない。たまたまどこかに書いてあったのをみて、気に入ったのだそう。きっと子供も素敵な名前がつくと思うんだよね。お店ももうすぐで3年目に突入。そういえば2年前に独立のご報告を受けた時も、こんな段々と蒸し暑さが増してくる季節で、どうしても髪を切りたくなったんだっけね。大道のタイトルの言葉、実際その通りだといつも思ってます。
髪もさっぱりして気持ちのいい夜。長さほとんど変わらないけど。ふと思い出して、いーはとーぼへ。以前ここへ私はいつ誰と来たのか、もう思い出せないけど…。店内のボリューム大きくしてますとのこと。丁度いいじゃないっすか。飲み物のついでに、林檎を何かに浸けたもの(失念)をひとかけ、つけてくれた。おいしい。また来よう。さて、しばらく髪がのびたらどうしてようか。
帰りの電車でしばらく停滞していたピンチョンの『逆光』の続きをまた読み始める。ピンチョンの小説では色んなキャラクターがふいに登場しては膨れ上がるように描写されていく。その街で、顔を合わせる人、合わせない人。ちょうど切りよく終わる。
「きれいじゃないか! これ以上、何が望みだ?世界の終わりが見たいのか?」「今日はこれで十分だ」とウェブは肩をすくめた。「もちろん」ヴェイッコはウオッカを注いでいた。「独立記念日おめでとう、ウェブ」

*1:アントニオーニ初のカラー作品。出だし、工場とモニカ・ヴィッティハンバーガー。そういえば『東京公園』にちらとDVDの写ってた『Blow Up』も、久々見たいなー