工事中

今日はDVDでホセ・ルイス・ゲリンの『工事中』を見た。

ほぼフィックス、18ヶ月の撮影で120時間以上のフッテージとあって、いつもの“風”や踊る身体、急激な変動は少なめだが、それだけにラストのカップルがおぶって歩くシーンが実に素晴らしい。最後に光と風の中、素敵な展開をみせてくれる。

解説リーフレットによれば、本作は1998年7月1日から12月25日まで行われたラバル地区の旧集合住宅の解体と高級住宅の建設過程を中心に、そこで生活する人々、現場作業をする人々の日常を追ったもの。バルセロナのラバル地区は、かつて麻薬密売人や売春婦の集まるスラムだったが、92年のオリンピック開催を機に都市化が進む。文化センターや現代美術館、博物館が開館し、それまでの雰囲気を一掃。

バルセロナはいつも天気が良くて過ごしやすそう。彼らが建物の窓や吹き抜けから見ている階下の景色、建物の全景が、こちらからはほとんど見えない。工事中も食事中も、建物の全体的な変化はあんまり分からない。
古代の遺跡(骸骨)が発掘された時も、今度は反対に彼らが(作業現場である)キャメラのほうを上から眺めて会話していて、全体は映らないんだよね。通りかがりの人たちが話すことはいちいち面白い。時おり、建物のいる場所と同じくらいの高さの、向かいの住人は映る。向かいにいる赤児をあやしてみたり、反対に子供がおっちゃんに呼びかけたり、引っ越す女の子に「ここに君がいないなんて寂しいよ」と話しかける現場作業員との会話はどれも美しい。なるほど彼らの表情や話している会話と、あとは聞こえてくる音だけで“外”は充分豊かに想像できる。街の音、工事の音、泣き声に鳴き声、遊んでる声。それだけで充分に。
工事も進み、後半には新しく家を買いにきて住む予定の人たちがやってくる。「バルコニーはあるの?」、「ちょっと狭いけどここから日光浴はできないこともない」、「どんな人が隣になるかも大事よね」という会話から、ようやく理解する。ああ彼らも、ここにこれから広がる新しい景色と生活、隣人たちを想像している段階なんだなと。そう、これは「工事中」。

当時のニュースでは、外観しか取り上げなかったことだろう。声を発するのも主に新設の建物に関わる人たち。『工事中』ではそこから漏れる人々、市井の声を丁寧に拾う。「雪を見るのは初めてか?」と尋ねられ、たいして感動している様子もなく、「はい」と答えるモロッコ出身のレンガ積み工。彼が現場の仲間にする質問と“間”が好きだな。
時事の事柄に関する繋がりで言えば、おそらく私たちには時おり聞こえたラジオとあの夜の花火だけで充分だったろう。20世紀の最後を祝して打ち上げられた花火。あれは私たちもかつて同じ時間に見上げたものだから。


maplecat-eveの日記『工事中』(ホセ・ルイス・ゲリン/2001)
http://d.hatena.ne.jp/maplecat-eve/20090308


そうそう、宮代くんの日記を読み返して思い出した。一番最初、この街の記録フィルム(モノクロ)から始まってたんだった。唯一この街の全貌を見渡せる、“外”に広がったかつての世界。そうか、ラストシーンで取り壊された建物を出て行くカップルの長いトラッキング撮影は、“ココ”へ出たのか。21世紀の始まりに。